人形たちはアイドルの夢を見るか? ―菊池風磨ソロコンが超楽しかったよ!―

さあさあ書きかけのエントリを全部ぶっちぎって菊池風磨ソロコンサート『風 is a Doll?』のお話をするよ!セトリとか詳細は他のブログにお任せして、超個人的に思ったことを好き放題書くよ!!なぜか映画『マッドマックス4』のネタバレもあるから注意してね!あと、ぐだぐだ言わず「楽しかった」でいいじゃん語り厨消えろ!って方も自衛してくださいませね♡

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決して風磨担が多いわけではない私のTLが、上のまとめみたいになった風磨ソロコン初日の8/2。こんなにハードルあげられて大丈夫かよと思いながら、8/4に参加したのですが…。

 

 

 

 

 ハードルあげられても「全然大丈夫だったよ!!!」

 

 腕振り上げて踊ってすっごい楽しかったし、風磨くん歌うまいし、コントおもしろいし、甚平かわいいし。

ここ最近のSexyZoneのコンサートは、会場に「答え合わせ」をしに行っているような感覚が強かったのです。五人は最高なのだけど、ちょっと演出がアレなところがあって、事前にある程度レポで見たいところと見たくないところを確認して「あ、今日もツムツムあってよかった…かわいいとこ見れて行った意味あった…」って安心するような。いやもちろん、「健人くんキラキラすぎて目が離せない…」とか、毎回予習をよい意味で裏切ってくれるものがあるから、SexyZone好きでいるんだけども。

でも、今回の『風 is a Doll?』は、何かを見られた/見られなかったで良い悪い判断するようなものではなく、参加しているファン一人一人がその場の一員としてコンサートを盛り上げようとしていて、それは風磨くんを助けたい!みたいな感じじゃなくて、勝手にそんな気持ちにさせられるコンサートだったんですよ!

 

  •  “風 is a Doll?”とはいったい…

 ソロコンタイトルが発表されたときは「"風 is a Doll?"って、おいおいふうまちん、大学生にもなって、まだ中2病かよwww」ってにやにやしてたのですが、会場では別の意味でにやにやしました。 

舞台はたぶん近未来。人形たちの決起集会というコンセプト。このままではガラクタとして一緒くたに捨てられてしまう人形たち。「人間になる」という夢をかなえるためには人間の心が必要。そこで8人(8体?)の人形たちは「風 is a Doll?」という盗賊団を結成し、恋心を盗むことを誓い合う…みたいなやつです。

 

え?くわしく説明されてもめっちゃ中2病じゃんって?いやいや、あのね風磨くんが盗賊団のリーダーなんだけど、バックについてくれた安井くん、樹くん、半澤くん、増田くん、萩谷くん、真田くん、美勇人くんがみんなスタイルよくて、ダンス上手くて、ちょっとだけワルそうで。あるんですよ説得力が!風磨くん作詞の『Party up!』で一人一人Jrマンションから登場するときも、照明の加減でシルエットだけになる瞬間があったり、他の仲間につなげるダンスだったりで「盗賊団」としてサマになってて、片手だけはめた指出し革グローブもお似合いでね。常々アイドル曲って曲自体の良さ以上に、コンサートでのビジュアルも大事だと思ってるのですが、このオープニングの『Party up!』のビジュアルが最高だったので、ああもう今日は楽しいんだろうな…って予感でいっぱいになりました。

そんでその後も、オテンキのノリさんが考えてくれたコントに大爆笑し(8/4、1バル最前にいらっしゃってましたノリさん。個人的に増田くんの「宇宙人になりたい」がすごい好き。楽屋で生まれた樹くんの「ちょっと六本木について説明した後、未成年?の設定なんでウィンウィンウィン」も含めw)、会場みんなで大合唱し、タオル振り回して大暴れし、と超楽しかった(表現力が乏しくてごめんね)。知らない曲があってもとりあえずふうまちんが煽ってくれるままにぶんぶんペンラ振り回してれば楽しいから置いてかれない。

今回、第2バルコニーでアリーナ見渡せる席だったのですが、ファンサをもらおうとしてる子があんまりいなくて、みんなペンラだのタオルだの振り回してて、幸せな空間だなーって思いました。個人的にはアイドルの認知やファンサを全面否定はしないのですが、過剰なファンサもらい合戦がそれ以外のファンたちのノイズになってコンサートを楽しみきれなくしている現状はちょっとどうかと思ってたので、風磨ファンみんな最高かよって思いました。

そんなこんなで、仕事終わりの格好のまま恥ずかしいくらい汗だくで、知り合いに見られませんようにと祈りながら電車乗ったのですが、帰り道、なんかこう、すごく希望が湧いてきたんです。バカみたいなんだけど。

言語化、うまくできるかわからんけど、ちょっとやってみようと思うよふーちゃん!

 

  • ガムシャラサマーステーションにおもうこと 

風磨ソロコンの数日前、六本木のEXシアターに『ガムシャラサマーステーション』を観に行きました。大好きな松島聡くんとマリウス葉くんのパフォーマンスが期待以上で大変興奮したのですが、もう一つ興奮したのがJrくんたちのパフォーマンスバトル。私が見た日は、チーム武vsチーム羅の対決。

 

 煌々と照らされたパフォーマンスステージの中で、ファンへのアピールもそこそこに、心を通わせてパフォーマンスを成功させることに集中する選抜チームメンバーたち。

そして、それを薄暗いセットの高みから見下ろして応援するちびJrたち。

 

今回スタンディングではなく、初めて指定席で入ったからなのか、このバトルの雰囲気があまりに非現実的で、もはや退廃的な感じすらあって、ここは近未来SF的な少年隔離施設なの!?と思って、ドキドキしました。ちびJrたちがおそろいの白Tシャツ白パンツなのも、なんだか施設の制服っぽくて。

 

……「ガムシャラバトル」とは六本木の地下にある少年隔離施設で夏の間だけ行われるイベントである。施設の中で実力をつけた者たちが選抜され、チームを組んで、バトルを行う。観ている者をより多く魅了して勝利したチームには、その隔離施設から脱出する未来が与えられるかもしれない。少年たちは、この世のどこかに「約束の地」があると、夢見ている。バトルを制して施設から出られれば「約束の地」にたどり着けるのだと…。

 

パフォーマンスバトル見ながら、こんなナレーションを勝手に思い浮かべてました。「約束の地」っていうのは、映画『マッドマックス4』の「緑の地」のイメージ。たどり着けば、「人間」らしく幸せに自由に暮らせる場所。

「風 is a Doll?」を見ていて、この盗賊団って六本木の少年隔離施設から脱走してきたんじゃ…とも妄想しました。(真田くんはガムシャラ出てないけど)*1

 

 『マッドマックス4』は核戦争後のあらゆる資源が枯渇した世界が舞台。イモータン・ジョーというカリスマ独裁者が宗教的に群集を支配しており、人はみなジョーの所有する「モノ」として扱われている。そこで立ち上がるのが、フュリオサという女戦士。*2子産み女として軟禁されていたジョーの妻たちを連れ出し、まだ汚染されていない資源が豊かな故郷である「緑の地」を目指す。

 

 

  • 希望を餅続けること

今のアイドル、というか若手ジャニーズの現状を『マッドマックス4』の世界に重ねると、四方から槍を投げられそうなんだけど、「みんなが見るドラマ」も「みんなが聴く音楽」もない今って、アイドルにとって荒廃した砂漠を生き抜くみたいに過酷な世界なんじゃないかといつも思っています。特に、若手ジャニーズが先輩たちのように売れようともがくことは、存在しない「緑の地」「約束の地」を目指して突き進むのと同じなのではないか。

世界がどこまでも汚染されていて「緑の地」なんてもはや存在しない残酷な現実を知ったフュリオサのように、Jrの子たちがSexyZoneのままならない現状を見て、デビュー=「約束の地」ではないと絶望しないのだろうか、とも思っています。

そのあるかもわからない「約束の地」を目指す少年たちの輝きで熱気を保つサマステってやっぱり近未来SFの退廃的な世界観に通じるものがある…。(デビューがすべてではないだろうし、他の男性アイドルに比べてジャニーズ事務所はまだ恵まれているのだろうと思いますが)

 

風磨くんは、16歳という若さで自分よりさらに若いメンバーと一緒に期待のグループとしてデビューして、希望もたくさんあっただろうけど、その分「約束の地」なんてない現実をたくさん見てきたんじゃないかと思います。

でも、『風 is a Doll?』からは、風磨くんがジャニーズにちゃんと希望を見出していることが感じられた。それが現実逃避の夢物語なんかじゃなくて、しょっぱい現実の中でもアイドルをやっていくんだっていう決意表明に見えました。

 

  • 風磨くんの新しい武器

風磨くんはきっと今回のソロコンにあたって、自分の武器は何かってことに死ぬほど向かい合ったのではないかと思われます。本人も「中島ァがいなかったらこんなに頑張れなかった」というようなことをよく言っていますが、中島健人が永遠のライバルという人生はプレッシャーがすごすぎて考えただけで吐きそう。

風磨くんの武器。多くの人が予想したように、それは「歌唱力」と「仲間」でした。バンドなど普段やらない形式も含むボーカリストとしての表現と、7人の愉快な仲間たちとのひと夏のストーリーが風磨コンの一番の魅力でした。

 

一方で、今回わたしにとって予想外の武器も見つかった気がしています。

菊池風磨の圧倒的な武器。それは「教養と知性」。

ふうまくん、クイズ番組ではあんまり活躍しないけど、やっぱりめちゃめちゃ賢い子!ここでいう「教養と知性」は学校のお勉強できるできないとは関係ないやつ。

「教養」とは、ジャニーズ文化を自分の中に蓄積し、研究する力。ファンを喜ばせる最高のセットリストも演出も蓄積がなければ生み出せません。

「知性」とは、その研究をパフォーマンスに落とし込んでいく力。自分の求められていることと、やりたいことをすり合わせて、それを周りのスタッフや仲間に伝えてかっこいいジャニーズを再現する力。

風磨ソロコンのバックが風磨くんの仲良しばっかりだとわかったとき、正直イケメン兄ちゃんたちウェーイな内輪ウケコンサートになるのかなーと思いました。多くの人が思ったかもしれない。

でも、蓋を開けてみたら全然違った。風磨くんは自分のもともとの武器の「歌唱力」と「仲間」を、最新鋭の「教養と知性」という武器できちんとエンターテインメント化してくれた。アイドルのプロでした。

私は、今回のソロコンがSexyZoneの世界観とまったく違ったものだったこと=風磨くんのやりたいことが SexyZoneではできない、ということではないと思ってます。

 むしろ、ジャニーズ文化の継承者「SexyZone」として選んだものなのではないかと思うのです。ジャニーズの文化の中で中島ァや他のメンバーが「できないこと」「選ばないこと」をつきつめて考えた上でのセトリや演出なのではないか。すっごく自由にセトリも演出も仲間も選んでいるように見えて、SexyZoneの一員として自分がジャニーズ文化の中で継承すべき部分を、風磨くんはわかりすぎているのだと思っています。

風磨くんの発言ですごく好きなのが、今年の春くらいの日経エンタの「SexyZoneってジャニーズの文化そのものだと思うんです」(ニュアンス)っていうもの。

中島ァと二人で、いやSexyZone五人で、「ジャニーズという文化を継承していくんだ」っていう自負を感じます。

しかもそういう気持ちを、決意を、難しい言葉で伝えるんじゃなくて、10歳の女の子にも伝わるようにパフォーマンスに落とし込んでくれたのが、本当に天才。アイドルの天才。

だからね、ラスト近くのTOKIOの『リリック』から、風磨くん作詞の『20-Tw/Ntyー』で泣きそうになりました。

 

言葉だけじゃ伝わんないから唄うよ

 

歩んだその先に 僕の夢の続き 必ず見せるから 

こういうメッセージを体現していたパフォーマンスであり、歌でした。

 

映画『マッドマックス4』の荒廃した世界で、唯一の希望は、フュリオサの仲間が命に代えて守ってきた大切な植物の種子。これを植えて私たちが新しい世界を作るんだって、イモータン・ジョーの砦に向かっていきます。その中でそれまで「モノ」として扱われていた妻たちは、一人ひとりが新しい未来のために、自分の武器を活かして戦い始めます。それが「モノ」じゃなく「人間」でいるということ。

 「風 is a Doll?」盗賊団も、決起集会が進むうちに「心は奪ったり、与えられたりするものじゃなく、音楽を通じて徐々に感じていくものなんだ(ニュアンス)」って気づくんだけど、きっと誰かから認められてデビューしたら「アイドル」とか、CDが売れたら「アイドル」じゃないんだよね。そういう与えられるものじゃなくて、世界が砂漠だろうと向かい風だろうとなんだろうとファンのことを考えて自分の武器を磨いて理想の未来に向かって戦い続けるその現在進行形の姿を見せ続けることが「人間になる」ことであり、それが風磨くんにとって「アイドル」であることなんじゃないかって思います。

なんか、ふーちゃんのエモさに感染したみたいなんだけど、どうしてくれよう。

 

 ジャニーズアイドルのSexyZoneがすごく好きだから、ジャニーズ大好きな風磨くんほんとサンキューな!『F』にも書いたけど、五人がそれぞれジャニーズ文化を愛する高潔な継承者を背負ったSexyZoneがめっちゃかっこいい。

 

ということで、昨夜コンサートから帰ってから遅くまでこれ書いて、仕事して、また今これ書いてアップしようとしている。睡眠不足だけど、明日お客さんとの打ち合わせで居眠りしないように気をつけます!せっかくなのでもうちょっとタイトルともひっかけて書く予定だったんだけど、結局タイトル倒れだし、情熱のままに好き放題書いてごめんね!後日興奮が落ち着いてから、もう少しわかりやすくなるよう文章手直しするかもしれません!

菊池風磨くん、初のソロコン大成功おめでとうございます!

 

※手直ししたいのはやまやまですが、整理してしまうと、せっかくのエモさが失われてしまいそうなので、エントリ更新後のつぶやきを貼っておきます。

 

「マッドマックス 怒りのデス・ロード」オリジナル・サウンドトラック

「マッドマックス 怒りのデス・ロード」オリジナル・サウンドトラック

 

 

他のジャニーズのコンサート関連の記事です↓

chocomintholic5.hatenablog.com

 

 

*1:風 is公演後、真田くんもガムシャラ参戦してましたね。さなじいバンドのレポがほほえましくて、毎日楽しみでした。 

*2:チーム羅のパフォーマンスの時に嶺亜くんがちびJrの方向いて「もっと来いやっ!!」って拳振り上げて煽ってて、ちびJrたちも「うおぉぉぉぉお!嶺亜さまぁぁぁあ!!」ってやってるのにも、出陣式でウォーボーイズ煽るフュリオサをめっちゃ感じました。私も「嶺亜さまぁぁぁあ!!」ってやりたい。あれ、これ注に書くことじゃない?

阿久津愼太郎さん(七五三掛担)の男性アイドル論がすごいので、「二・五次元」特集のユリイカ読んでください。

目次にジャニーズ、宝塚、歌舞伎とあり、私得過ぎる…と思ってひと月くらい前に購入した『ユリイカ総特集「二・五次元」』。読んでみたら、二・五次元舞台作ってる人・演じてる人・観てる人がみんな熱くて、今二・五次元舞台の現場に行ってみたい気持ちでいっぱい。原作好きなので、ハイキューは絶対行きたいけど、チケットとれるのかな…。

 

この特集の中で個人的にダントツ面白かったのが、阿久津愼太郎さんと少年アヤちゃんの対談。ジャニーズについて考える上で刺さりまくる内容。もう(男性)アイドル好きな人には全員読んでほしい!配って回りたい!ってくらい。

 

阿久津くんは、自身がD-BOYSとしてアイドル俳優的に活躍されつつ、DISH//など男性グループの現場にも通うアイドルオタク。阿久津くんのことは去年のユリイカの総特集「イケメン・スタディーズ」のインタビューで初めてちゃんと知ったのだけど、その時からすでに漫画やBLについて熱い持論を展開していて、「初めて見た魔女っ子が『カードキャプターさくら』だったのは、いま考えてもいまの僕のアイデンティティの一部になっていますね。」とか言ってて面白い子だなあと思った記憶がある。あらためて読み返してみると、去年の時点で「百円のものを千人に売る一般受けの人と一万円のものを十人に売るヲタク向けの人がいて(略)僕自身はヲタク向けの部類ですかね(笑)。」とかなり濃い話してた。 

ameblo.jp

阿久津くんは、自分を取り巻く状況を現在進行形ではっきり言語化できるすごい人だと思う。状況をわかってる子は他にもいるかもしれないけど、言葉にできる知性と、言葉にする責任を引き受ける勇気がすごい。今19歳。彼は同じインタビューで「僕のなかで男の子のいちばんいいときは16歳から18歳の下顎が発達する前」と言っていて、新しいイケメン像の男性アイドルをプロデュースしたいとのこと。調べてみたら、昔ジャニーズ事務所に所属して2008年の「SUMMARY」に出てたんだね!今でもジャニーズ好きらしい!七五三掛担らしいよ!確かにシメちゃん下顎発達してないよね!ちょうどいいまとめあったから貼っとく!

matome.naver.jp

 

 

前置きが長くてすみません。阿久津くんがすばらしい人材すぎて。さて、ここからが本題。今回の対談、ちょっとこれはもう尊敬の域です。

 

タイトルは「欲望と自己愛についての対話篇―アイドル・イケメン・マイノリティ」。

この対談の何がよいって、阿久津くんのアイドルとしての自意識と、アイドルオタクである自意識がぐるぐるしているところ。わたしがアイドルについて感じてたことを、アイドル本人がバンバン言ってくれてる。しかも「腋毛は萌えなんですけど、すね毛は萎え」なぜなら「腋はそんなに拝めるものじゃないから出てきたときはちゃんと見ろみたいな英才教育が影響してるのかもしれない」みたいなガチオタ目線も交じってくるから、あっち側だしこっち側だしで、読みどころが多すぎる。

対談の副題が「アイドル・イケメン・マイノリティ」っていうのもポイントだと思う。特に気になったところを紹介してみる。

 

  • アイドルについて

好きな男性アイドルに少年性を求めるのはなぜかという質問に対して、阿久津くんは以下のように答えている。

(※この部分はニュアンスがとても大切だと思うで長めに引用させていただきます。)

 

 性的なこともなにも知らないうちからこの業界に飛び込んで、単に若くていいねというよりも、純粋だね、そのままでいてねみたいな言葉をかけられてきて、若さは強さというか、ずっと子供でいなきゃいけないと思っていたんですよ。そうは言っても身長は伸びつづけるし、いつかの冬に自分の肩幅が広がっていることに気がつき、大人たちが求めてくれていたものと違う方向に走っていることを自覚したときにそれを他人に投影するようになったんです。(p.204)

 

 

 まずね、この部分読んでちょっと泣いた。SexyZoneファンの私は、松島聡くんとマリウス葉くんの顔が思い浮かんでしまった。2011年に13歳でデビューした松島くん。松島くんが、昨年メンバーに本音を伝えるという企画で「中3で声変わりするまでは、歌うことがすごく好きだったの。5人の中でいちばん高い声が出て、それが俺にとって唯一の取り柄だと思ってた。でもそれすら失って…”これ”ってものが何もない自分がイヤでイヤでしかたなかったよ。*1と言ってたのを思い出した。11歳でデビューしたマリウスくんも、自分の身長が伸びることに戸惑っているように見える時期があった。

身長が伸びたり、声変わりをしたり、肩幅が広くなったりすることって、多くの男性にとって喜ばしいことのはずだ。でも阿久津くん自身、いまでも歳をとることに抵抗があるようで、「下降」という表現をしている。誰かにひどい言葉で「大きくなるな」って言われたわけではなくて、善意の「純粋だね」「かわいいね」って言葉にこそ縛られるのだ。若くしてデビューしたアイドルは、成長期にはいつまでも「小さくてかわいい」ままでいなくてはいけないというプレッシャーと闘い、成長したあとも「小さくてかわいい」昔の自分と闘いつづけなきゃいけない。

個人的に、松島くんとマリウスくんがメインで出演した昨年の「ガムシャラSexy夏祭り」は2014年で最も心が震えた現場だったし、成長した二人の姿は本当に本当に素晴らしかったと思うけど、そういうファンの声だけでは埋められないものもあるのだろうと思う。

先日読んだ『ダ・ヴィンチ』の朝井リョウさん×高橋みなみさんの『武道館』刊行対談を思い出した。高橋みなみさんは「善意がプレッシャーになっていく」こともあるのだと言っていた。「がんばれ」「かわいい」「もっと見たい」という善意の応援によってアイドルが壊れることもあり得るのだと。西武ドームで響き続けるアンコールの中、過呼吸になる前田敦子さんのシーン(映画「DOCUMENTARY of AKB」)と、高橋さんの言葉を重ねるともう何も反論できないという気がする。阿久津くんの話は、この高橋さんの言葉と松島くんやマリウスくんの存在を地続きにするものだと思う。アイドルは男女問わず、日々ファンや周りの大人たちの「こうあってほしい」という欲望にさらされていて、それが100%「善意」であっても、アイドル自身がそれによって傷つく可能性はなくならないし、彼・彼女の価値観に影響を与え続けるかもしれない。アイドルを応援することがアイドルを傷つけるなんて、普段コンサートでアンコールって叫んだり、少クラ見ながらSNSで可愛い可愛いつぶやいているときには想像もしない。じゃあオタクはアイドルのためにどうすればよいんだよって頭抱える。朝井さんの小説『武道館』は、読んでる途中でジャニオタの自分の身に刺さりすぎて、読むのがしんどくなって今中断している。でも、今後もアイドルを応援し続けたいから、最後まで読んで答えのかけらを見つけられたらいいなと期待している。

 

  • イケメンー(マイナス)0.5=アイドル=マイノリティ?

阿久津君は、二・五次元舞台のよいところとして「最初から男性が性の対象としてみられることをその男性自身や社会が許している」ということを挙げている。性の対象として見られ慣れていない俳優が、「キャラクター」を一枚のせることで、ファンも応援しやすくなるし、俳優もアイドルとして振る舞いやすくなると。少年アヤちゃんの「彼らにとって0.5はコスプレなんだ。それによって、人間の男であるというしがらみから解き放たれる」のだという返答も含め、首がもげそうなほどうなずいた。「男尊女卑」の芸能界の中で「女性が男性を性的にまなざした瞬間、女性の方が上にたてる」のだという阿久津くんの発言にもしびれた。先日KAT-TUNの東京ドームコンサートの衣装が「刀剣乱舞」のキャラクターみたいだと話題になっていたけど、コンサートなどのアイドルっぽい空間のジャニーズって、ド派手な衣装と「ジャニーズ」っていう肩書で三次元-0.5している気がする。おかげで少なくとも私は男性をまなざしやすくなってるなと感じる。

女性アイドルが男性アイドルに比べてしんどそうなところってやっぱり性に関する部分が大きくて、それは女性が結婚出産もろもろで仕事を続けづらかったり、女性向けに比べて男性向けの性産業が圧倒的に発達していたりする現実社会をそのまま反映していると思う。だから女性アイドルのしんどさって、社会の中でアイドルじゃない一般女性が抱えるしんどさとリンクしているんじゃないかと思う。

一方で男性アイドルのしんどさって、現実社会とあんまりリンクしていないのではないか。男性アイドルとして求められることと、社会の中で一人の男として求められることが違うからこそ、女性アイドルよりしんどい瞬間があるんじゃないかと思う。男性アイドルってマイノリティなのだ。(もちろん男性アイドルと女性アイドルどっちがしんどいかとかそういう話ではなくて。)

だから、阿久津くんのように言葉を持っている人が、男性アイドルのしんどさを身をもって知っている人が、アイドルをプロデュースする側にも入って、これからも当事者として言葉を発信してくれることが男性アイドル自身にとってもファンにとっても救いになるとよいなという願いを込めてこのエントリを書きました。

 

ということで、こんな濃い話が9ページも続くので、ユリイカぜひみなさん読んでください!

阿久津くん、今のBLとかアイドル語りのフェーズにめちゃめちゃマッチしてるから、今後こういうお仕事増えるのでは。というかぜひ増やしてほしい。

事務所関係とかいろいろ難しいと思うけど、「若い子たちに歳をとってもいいんだよと代わりに言う役になれたらなともいまは思っています」という阿久津くんにはぜひ、若手ジャニーズと対談してほしい。個人的にコンサートのレポ読んで、メタ視点が素晴らしいジャニーズWESTさんあたりとお話してほしいです。あとは女性アイドルとの対談もぜひ読みたいです。ユリイカさまダ、ヴィンチさま、実現よろしくお願いします。

 

久しぶりの更新でちょっと暗い話もしてしまったので、次は普通に舞台の感想とかアップしたいなー。

 

 

 

ユリイカ 2014年9月 臨時増刊号 総特集◎イケメン・スタディーズ

ユリイカ 2014年9月 臨時増刊号 総特集◎イケメン・スタディーズ

 

 

 

 

*1:2014Myojo6月号「ライバルは昨日までの俺」の中のマリウス葉くんにあてたメッセージの一部

ジャニー喜多川なき世界に向かって -ジャニーズ マスト ゴー オン-

ジャニー喜多川なき世界に向かって -ジャニーズ マスト ゴー オン-」というタイトルの文章を現代文化研究会『F』さんに寄稿させていただきました。5月4日(祝)の文学フリマで販売されます。今回のテーマは「継承 戦後カルチャーのゆくえ」とのことで、私はジャニーズにおける「継承」について書いています。

ということで以下一応宣伝的なことを。まずは、私が書いた内容を少しご紹介したいと思います。

 

 【目次】

 ジャニー喜多川なき世界に向かってージャニーズ マスト ゴー オンー

1. ジャニーズにおける「継承」とは

2. ジャニーズミュージカルと「Show must go on」の意味するもの

3. 劇場型人材育成システムとしてのミュージカル

4. 堂本光一中居正広と「Show must go on」

5. ジャニーズ文化の成熟とジャニーズニュータイプ

6. 佐藤勝利という光

7. ジャニー喜多川なき世界に向かって

 

 現在ジャニーズの「継承」問題といえばもっぱらジュリーVS飯島ですが、その辺りはメリーさんの独占インタビューでもうこれ以上私が語るべきこともないかなという感じなので、今回はこれまでジャニーさんが担当してきたコンテンツ面の「継承」について書きました。

 ジャニー喜多川がこれまでジャニーズアイドルに「継承」させてきたものとは何か、またそれがいかにして「継承」されてきたのか、さらにそう遠くない未来のジャニー喜多川なき世界でジャニーズは「継承」され得るのか。舞台仕事の話を軸にして、ジャニーズの現在・過去・未来に思いを馳せています。

『2015新春ジャニーズワールド』のこと、『EndlessSHOCK』のこと、SMAPのこと、山Pのこと、『ピンクとグレー』のこと、ふまけんのこと、松島聡くんのこと、マリウス葉くんのこと、じぐいわのこと、オリンピックのこと、佐藤勝利くんのこと、そしてSexyZoneのこと。

 私がジャニーズを好きになって感じたジャニー喜多川の素晴らしさと興味深さと恐ろしさを詰め込みました。自分でいうのもなんですが、なかなか面白い読み物になっているかと思います。14000字くらいあってちょっとした卒論みたいな量ですが、読みやすいです。 

 

 『F』の他の論考についても紹介できればよいのですが、実はまだ他の方の論考の内容をよく知らないので、詳しくは現代文化研究会さんのブログを見ていただければと思います。近く詳細が載るはずです。

現代文化研究会公式BLOG

実は!『F』を主催されている方の一人は『ジャニ研!』を書かれている矢野利裕さんだったりします。

ジャニ研!: ジャニーズ文化論

ジャニ研!: ジャニーズ文化論

 

わたし矢野さんファンです。わーいわーい。この辺の記事も好きです。

realsound.jp

 

realsound.jp

 矢野さんは今回はジャニーズについてではなく、ご専門の音楽や文学について書いてらっしゃるんだと思いますが、面白い論考が多そうで、どんな内容になっているのか楽しみです。ぜひ多くの方に読んでいただければ嬉しいです。

  

ではあらためて、『F』が買える文学フリマ詳細です。 

文学フリマ東京流通センター

5月4日(祝)11:00~17:00

現代文化研究会『F』(96ページ)¥300

2階Fホール オ11・12

文学フリマ - 第二十回文学フリマ東京 開催情報

 

『F』さんの原稿書くのにかなり時間かけましたし、書き途中のエントリが何本かありますし、4月はずっとジャニーズについて何かしら書いていた気がします。ゴールデンウィーク中に全部アップできるといいな。

 正しきセクゾンファンは4日はきっと大阪にいるんだと思いますが、私と同じようにチケットとれなかったという方は、文フリに出かけるのもよいかもしれません。4日はわたしも会場に行こうと思っていますので、ぜひ。奇特な方がいれば、お声掛けください。 

 

『UTAGE!』の中居正広さんと横尾渉さんと中島健人さんの話 

他の方のブログを読んでいて、ブログは話題のリアルタイム性が大切なんだなと思ったばかりなのに、3月に書き始めた記事をやっとアップすることになってしまった。文章力がないので、考えたことを短時間でどんどんまとめられないのがつらい。

 

3/16放送の『UTAGE!』を観た。この番組を観るのは昨年SexyZoneが「King&Queen&Joker」で出演したとき以来。この日の健人勝利風磨の出番は、SMAPの「ありがとう」を舞祭組の4人とコラボ、そしてアルバムのリード曲「マワレミラクル」の二曲。

とりあえずリアルタイムで観たときには、舞祭組兄さんたち健人勝利風磨を持ちあげてくれてありがとうございます、という感じだった。

が、なんと言えばよいのかうまく飲み込めない感覚が残り、気になって何度か観直して、それが横尾渉さんと中島健人さんの振る舞いによるものだと思ったので、ちょっと書いてみる。

 

  • 横尾さん

どうやらこの番組で舞祭組はお笑い担当。歌がうまいとされる歌手のハモリをやって音痴さを笑われたり、トークでもオチを担当したり。特に横尾渉さんは「師匠」というあだ名がついている。音痴具合が飛びぬけているということで「師匠」なのかな多分。

前回観たときもそうだったのだけど、まずキスマイ4人のこの扱いには毎回少しガーンってなる。ジャニーズを好むようになって日が浅いので、勝手にイメージを抱いているだけだが、キスマイといえば、泣く子も黙るイケイケ集団ではないのか。だって足にキスしろよですし。セクゾンのような少し現実離れした可愛い感じのグループと対照的な、いわゆる「リア恋」枠のお兄さんたちというイメージ。2013年のカウコンの後のコント番組も面白かったけど、コントと違って、『UTAGE!』は歌ったり踊ったりするステージ上だから、アイドルの本業部分と地続きなわけで。

そうなると気になるのは、横尾さんは普段キスマイの活動時にどのようにふるまっているのだろうか、ということである。「ありがとう」を歌っている間中、一度もカメラ目線をしない。それどころか、視線が定まらなかったり、今度は一点を見つめ続けたり。ソロが終わった後も曲は続いているのに、フリーズしてしばらく動かない。横尾さんのあまりにアイドルらしからぬ振る舞いにどきどきしてしまった。彼は何を考えているのか。わざとアイドルっぽく振る舞わないようにしているのかと言えば、健人くんが横尾さんの顔を見たときには、ちゃんとアイドルっぽく目を合わせようとしていたから、そんなことはなさそう。ますます何を考えているのかわからない。なんていうかテレビっぽくない。曲中にひな壇の指原さんたちウタゲアーティストが横尾さんに爆笑してる様子がはさまれるけど、笑いどころがつかめない。ギャグっぽく歌ったり、てへぺろしてくれたりすれば、「師匠キャラ」として安心して笑って観れるのに。全然そうしないから、もはやちょっと怖い。横尾さんのぽっかり開いた口にブラックホール的な何らかの闇をみる。怖い。何を考えているのか気になる。横尾さんに「師匠というキャラ」に収まらないもっと過剰な何かを感じた。

 

  • 健人くん

 健人くんは横尾さんとは逆のベクトルで過剰な何かを発していた。一曲の間にぎりぎりまで詰め込まれたアイドルっぽいパフォーマンス、手振り、カメラアピール、笑顔…。これらが視聴者であるファンに向けられたものであるとするなら、話は早い。アイドルがステージ上でファンに向けて魅力的に見えるように振る舞うのは当然だから。しかし健人くんの振る舞いはテレビの前のファンが素直に「かっこいい!」と思う隙がないくらい詰め込み気味なものだった。舞祭組のメンバーと目合わせ過ぎだし。宮田くんはトーク時に「中島健人くんと目が合ってときめいた」と発言している。同じジャニーズの宮田に向けてパフォーマンスしてどうするんだ。

誰に向けられているか分からない過剰なアイドルらしいパフォーマンスの連続は、おそらく健人くんがSMAPの大ファンであることと関係しているのではないかと思う。健人くんは雑誌やテレビのインタビューで度々SMAPの曲が昔から好きであると語っている。いつか詳しく書ければと思うが、中島健人はいわゆるジャニオタ気質をもっている。「ジャニーズである」前に「ジャニーズ」が好きだったのだ。そんな彼が大好きなSMAPの曲を歌っているという喜び、ひいては「ジャニーズである自分がジャニーズの曲を歌う」ということの喜びを体現しているがゆえのパフォーマンスの過剰さだったのではないか。あの宛先不明の過剰なパフォーマンスは、大好きなSMAPさんの曲を歌うなら「こうありたい」という彼の理想像にむかっているのである。中島健人を知らない人が見たときに単なる「ナルシスト」「かっこつけ」だけだと思わないで、その過剰さの理由が気になってくれるとよいなと思う。私が中島健人に惹かれたのは彼が、ファンからのさまざまな視線をちゃんと引き受けて「ジャニーズである」ことに誇りを持っているように見えるのがかっこいいと思ったからなので。

 

いきなりだが、私はSMAPの中で中居正広さんが一番好きだ。一時期出演ドラマを録画して観る茶の間ファンだったこともある。仕事に対してストイックなところも好きだし、グループやコンビというものに対して運命厨っぽいところも好きだ。

中居さんは、本来マイナスなイメージをもつ事柄を上手にパッケージングして、分かりやすい構図のテレビショーをつくるのが天才的にうまいと思う。3/16の『UTAGE!』であれば

イケメンで歌も上手なジャニーズらしいアイドルSexyZone⇔ブサイクで歌も下手なジャニーズらしくないアイドル舞祭組

という構図(あくまで構図ですから怒らないでください)のショーだった。舞祭組の4人もその構図を分かっていて、歌う前は「緊張感もてよ」などと先輩ぶっていたのが、歌った後には「SexyZoneはすごい!かっこいい!」とわかりやすく持ち上げてくれていた。

中居さんがすごいのは、舞祭組の立場をただ下げるのではなく、舞祭組にも利益のあるような構図のショーにするところだ。たとえば、舞祭組は「ジャニーズなのに歌などのパフォーマンスが下手、ブサイクである」というマイナスのパッケージを貼られることで「ジャニーズなのに格好つけてない=いいやつ、おもしろい」というプラスのパッケージを手に入れる。いろんなことがTwitterやらなにやらで筒抜けになりカリスマ性を維持するのが難しい今、アイドルがダメな自分をあえてさらけ出すことは多くの人に好感をもって受け入れられる。昨年お盆に実家に帰った際に、地元のいとこやその子供たちがみんな舞祭組のおしりの歌を口ずさんでいて、人気の全国区ぶりを実感した。中居さんの手にかかれば、本来飲み込みづらいマイナスなことでも、プラスの糖衣がかけられるので、視聴者は飲み込みやすい。

それに対して、3/16の『UTAGE!』が私にとって何だか飲み込みづらかったのは、上であげた横尾さんと健人くんの振る舞いの過剰さが理由だと思う。

横尾さんはショーの中の「師匠キャラ」として視聴者が安心して観ていられないくらい過剰にアイドルらしくない振る舞いだったし、健人くんは視聴者の抱くジャニーズとしてのかっこよさの期待値を超えて過剰に「ジャニーズ」らしい振る舞いだった。二人がステージで並ぶことでお互いの過剰さが際立ってしまい、中居さんの作る飲み込みやすいショーがバランスの悪いものになっていたのだと思う。

中居さんのことが好きな一方で、中居さんのバラエティの方法論はたまに私を不安にさせる。私の本当に好きなものが中居さんに見つかってほしくないと思う気持ちもある。もし今後SexyZoneがバーターとして共演することになったら、茶の間に親しんでもらえるかもしれないが、決まりきった不本意なイメージが先だってしまうかもしれないから。そのグループの情報を積極的に得ようとしてない人たちに浸透してしまったイメージを変えていくのはとても大変なことだ。まあ、今の健人勝利風磨体制で地上波出まくっている時点で、これ以上不本意なイメージもなにもないのだけど。また、中居さんは共演するたびにその「体制」に突っ込んでくれており、感謝していることもつけくわえておく。

 

昔、アイドルとは「ほころび」があることだと言った人がいた。まあ「隙」のようなものだと言えば分りやすいか。『UTAGE!』のショーでは横尾渉のほころびは「音痴」なところである。だが、彼のほころびは、そんな表面的なものではなく、もっと深いところにあるんだろうなと思う。その「キャラ」にならないような深いところにある「ほころび」を見出し愛でるのが、アイドルのファンのなるということだと思う。

私はキスマイのことも、横尾さんのこともよく知らない。でも、中居さんの作ったわかりやすい飲み込みやすい「キャラ」を超えて、もっと知りたいと思わせる引力が『UTAGE!』の横尾さんにはあった。友人に連絡し、とりあえずキスマイのおすすめDVDを借りる約束をした。

どうか、あの日の放送を観た方が中島健人くんにもそんな引力を感じますように。「ありがとう」を歌う健人くんは、本当に「ジャニーズである」ことの幸せに満ちていて、楽しそうで、ずっと観ていたいと思った。横尾さんが気になったのは本当だが、私にとってこんなに観ていたいと思えるアイドルは中島健人くん以外にいない。できることなら明日も仕事に行かないで、夢の世界でもう一度会いたい。

 

ももいろクローバーZ『幕が上がる』がアイドル映画としてすごかったので、感想を書く。

またジャニワの記事ではありません。

 

ももいろクローバーZ主演の映画『幕が上がる』を観てきた。映画としての出来はともかく、ももクロちゃんたちが非常に魅力的だったのと、アイドル映画の中で特殊な作品になっていると感じたので、感想を書く。以下、ネタバレあり。

 

舞台は地方高校の弱小演劇部。なんとなーく演劇部に入り、なんとなーく部長になってしまったさおり(百田夏菜子)が、元学生演劇の女王だった美術教師(黒木華)、演劇エリート校からの転校生(有安杏果)との出会いを通して、仲間たち(玉井詩織・高木れに・佐々木彩夏ら)とともに自分の夢を見つけていく…というお話。

 

3月7日のウィークエンド・シャッフルの「週刊映画時評 ムービーウォッチメン」の中で映画の大枠としての評価はすでにしっかり語られており、私も鑑賞後に聴いてすごく納得した。

www.tbsradio.jp

http://podcast.tbsradio.jp/utamaru/files/20150307_watchmen.mp3

上のpodcastを聴いてない人のためにすごーくおおざっぱに要約すると、映画としての出来はそれほどよくないのではという話。さおりのナレーションで心情全部説明しすぎ!登場人物の葛藤や成長が唐突すぎ!ももクロの音楽がかかるタイミングがおかしくない?小ネタや誇張演技に必然性がなさすぎ!など。このような指摘は私も観賞中に感じていたことなので、うなずきながら聴いた。※ももクロちゃんは好きですが、大ファンというわけではないので、ももクロについて詳しい人ならもっと楽しめる小ネタもあったのかも。

 

でもね!映画の出来なんて関係なく、『幕は上がる』は良かったんだよ!じゃあ、どこがよかったのか。さらに宇多丸さんのラジオでの発言を引用する。

アイドル映画において僕がもっとも重要だと考える要素、その時の彼女たちでしか撮れない時間を真空パックするという、いわばドキュメンタリックな側面というのもきっちり押さえようとして、それがある程度うまくいっている

そうなのだ。『幕が上がる』はももクロの5人のメンバーの「今」をきっちり可愛く撮ってる。それは間違いない。劇中、はっとさせられるくらい特別に可愛い瞬間があって、5人それぞれを、好きになりかける。それは本当に間違いないのだ。

 

「5人が可愛いのでよかった」以上に『幕が上がる』はすごい作品なのではないかと思ったので、もうちょっと論を展開してみる。さきほど書いた映画としてちょっと疑問が残る点も、わざとなのかもしれない…と思わせるほど、実は『幕が上がる』は数あるアイドル映画・少女映画の中で特異性を持っている。それは、

「少女の汗と涙を見せ場にしていないこと。」

中森明夫は『アイドルにっぽん』という本で、2000年代の少女映画ブームについて次のように述べている。男女問わずアイドルが「演じる」ことについて考えるとき、私はいつもこの箇所を読み返したくなる。ちょっと長いが引用する。

これらの作品群は、実のところたった一つの物語を反復している。それは「少女たちが力を合わせて何かを成し遂げる」という物語だ。リーダー格の少女がいる。三枚目キャラがいる。家庭に問題を抱えた女の子がいる。そんな少女たちが何かに出逢って覚醒する。フラダンスでもブラスバンドでもカーリングでもいい。何か一つの同じ目標に向かって少女たちは結束する。メンバー同士の諍いがある。挫折がある。小さな恋の芽生えや、周囲の大人たちの協力がある。そしてクライマックスのステージへ。ラストは少女たちの涙・涙・涙……。重要なのは、それが”本物の涙”っであるということだ。若い女優たちは、役を演じるために実際にフラダンスや楽器やカーリングの猛特訓に励んでいる。その汗と努力の記憶が、役を超えてクライマックスシーンの彼女らに少女としての本物の涙を流させてしまう。「少女たちが力を合わせて何かを成し遂げる」―それは映画のストーリーとしてあるばかりではない。実際の彼女たち自身にとってのドキュメンタリーなのだ。どんなSFXにも作れない、巨額の製作費を投じたハリウッド大作にも叶わない……少女たちの”本物の涙”を味わうため、観客は「少女映画」に足を運ぶのである。     

「アイドル女優の可能性」より

アイドル映画・少女映画の肝は「少女の汗と涙」である、と言ってしまうと身もふたもない話だが、その通りだと思う。『幕が上がる』もここで語られている『フラガール』や『スウィングガールズ』等と相似のストーリー構造をもつ。何かに出会って覚醒し、挫折しながらも、力を合わせて成し遂げる。観客は、登場人物である演劇部としての5人と、アイドルももクロを、当然二重写しで見るはずだ。ももクロが頑張っている姿を観に来ているのである。ここでは詳しく触れないが、この作品はいわゆるアテ書きかと思うくらい、5人のパーソナリティやももクロをとりまく状況が作品の中に重ねられている。

近年のアイドルドキュメンタリー映画も、2000年代のこの少女映画の流れを汲むものだと思う。ただし、劇中の「汗と涙」の中に観客が勝手に”本物”を見出すものだったのが、ドキュメンタリー形式をとることでより直接的に”本物”の「汗と涙」を味わえるようになった。AKB関連のドキュメンタリーや私が最近観たものだと『BiSキャノンボール』など。どちらもやはりむきだしの「汗と涙」を見たという印象が強い。*1

 『幕が上がる』は鑑賞後、肝心の「汗と涙」についてほとんど印象が残らない。5人は映画の前に平田オリザのワークショップで演劇についてそれなりに厳しい指導を受けたと聞く。またストーリーとしては、挫折も葛藤も描かれているはずだ。

なぜ「汗と涙」の印象がないのか。それは葛藤・逡巡がすべて手紙の朗読を含むモノローグで語られるからだ。観客はその言葉以上の重い感情を想像しづらいのではないかと思う。劇中で「涙と汗」がメインとなるのは、主人公のさおりが見た悪夢の中のみである。このシーンがなんともコメディチックでシュールで、その「涙と汗」に感情移入するのは難しい。 

感情移入用の「汗と涙」が排除されているならば、何が描かれているのか。それは、5人の「笑顔」だ。劇中はもちろん、エンディングロールで流れるメイキング映像も、劇中なのかと見まごうほど、5人はずっと「笑顔」でずっと可愛くふざけている。エンディングロールくらい、ちょっとつらそうに俯いたり、上手くいかなくて泣きそうな顔をしていたりすれば、観客は”本当”のももクロの表情を見ることが出来た!と喜ぶはずだ。でもももクロはそれをしない。ドキュメンタリーバージョンの方では苦悩して号泣しているのかもしれないが、少なくともこの劇映画中では一切のそれを想像させないのだ。

 

佐々木彩夏演じる明美ちゃんがぽつりと、「やっている間は気付かないけど、部活って、いつか終わっちゃうんですよね」というようなことを言うシーンがある。アイドルの活動もいつかは終わるものだろう。*2『幕が上がる』はやはりまぎれもなくアイドルという存在を描いた映画であると思う。なんとなく演劇部に入った主人公さおりの演劇へのモチベーションは、「演劇が好き」などというように自分の中にあるわけではない。「目の前の人たちに必要とされること」「応援してくれる目の前の人たちのために頑張ること」それが彼女の夢になってく。

このアイドルを描いた映画の中で、どんな逆境に立たされようと、百田夏菜子の口角は下がらない。アイドルたちの”本物”らしい「汗と涙」よりも、私が今見たいのはこれだ、と思ったのだ。

劇中で百田夏菜子演じるさおりが言う。

「人生、狂ってもいいです。私の人生だから。」
「私たちはどこにも行けないけど、舞台の上ではどこまでも行ける。宇宙を目指せる。一人じゃない。」

「汗と涙」を見せるはずのアイドル・少女映画の中で、「笑顔」で語られるこのセリフが、ももクロのアイドルとしての決意として、とてつもなく説得力をもって響いた気がした。*3

アイドルにっぽん

アイドルにっぽん

 

 

2015年のアイドル論として、ユリイカの少年アヤちゃんと阿久津愼太郎さんの対談も衝撃的でした。

chocomintholic5.hatenablog.com

 

*1:『幕が上がる』もメイキングドキュメンタリーがあり、れにちゃんが号泣しているらしいのだが、ここではあくまでも一本の映画として本編の方だけを考えたい。

*2:ももクロは他の女性アイドルに比べ、「卒業」というものから遠い印象がある。また「卒業」のないアイドルを目指しているように見えるが、それでも今と同じメンバー・状況で活動していけるかは、どのようなグループでも保障されているものではないだろう。

*3:だからこの映画のメイキングドキュメンタリーの方は、観ません!

「岡崎京子展」と「萩尾望都原画展」に行ってきました

一週間に1エントリーを目標にしていたのですが、なかなか更新できなくて、自分の意志の弱さを反省中。ジャニワの記事は、思い入れが強すぎてなかなか納得できず。激重ですんません。

 

ということで気分転換に別の記事を。一昨日、仕事でぽかっと空き時間ができたので、行きたいと思っていた場所にいってきました。


開催中企画展 - 世田谷文学館

 

  • 萩尾望都原画展」@スパンアートギャラリー

萩尾望都 原画展 〜『銀の船と青い海』出版記念〜

 

まずは腹ごしらえで、新宿三丁目駅の地下にあるフレンチ「クレッソ二エール」。ぼっち飯にやさしいお店。 日替わりはさつまいものポタージュと鳥むね肉の赤ワインソース。デザートは洋酒のきいたパンプディング。

コーヒーおかわりくれるし、ぼっちにも優しいお店だし、おいしいよ!!

 

世田谷文学館へ。予想よりずっと数が多く充実した展示でした。有名になる前のイラストや投稿作品、小さな雑誌の連載も展示してあって、ひとつひとつ時間をかけて読みました。岡崎京子さんの影響を受けて今活躍している作家さんたちの当時を追体験したような気分。

特に気になったのは、小沢健二さんについて書いた記事。

ご存じのように岡崎京子さんは1996年に事故に遭い、現在もなおリハビリ中です。家族以外面会謝絶状態だった当時、小沢健二さんは家族だと名乗って病室まで会いに行ったそうです。そこまでした理由を訊かれ、答えたのは

「僕は彼女の王子様だから」

2010年のオザケンライブには、リハビリ中の岡崎京子さんが車イスで来ていたそうです。身近に熱心なオザケンファンがいるので、以前からそんな話は聞いていたのですが、今回の展示で、岡崎さんにとって小沢健二は絶対的な存在だったことを再確認。

岡崎作品は、女の子がとても魅力的でわたしは『危険な二人』や「夏の思い出」のセーコとヨーココンビや『東京ガールズブラボー』や『唇から散弾銃』のサカエちゃんが大好きです。そしてそれ以上に、一緒に登場する男の子たちが印象的。透明感があって頭がよくておしゃれでちょっと気だるげで。

だけど、魅力的な男の子ほど、女の子に冷たい。つまり、内面にいわゆる「王子様」要素をあまり持ち合わせていないんです。女の子を今いる日常から連れ去って幸せにするなんてことは、最初からあきらめている感じ。

だからこそ、「王子様」という言葉を選んだ岡崎さんの王子様観がとても気になります。今度オザケンファンのお友達に聞いてみよう。

展示は3/31(火)までです。グッズはマスキングテープとクリアファイルがメインだったかな。入口のグッズコーナーに岡崎作品がズラリなのも、壮観でした。ぜひ。

ちなみに今回の展示のフライヤーは『リバーズ・エッジ』のイラスト。この「山田くん」のモデルは、フリッパーズ・ギター小山田圭吾さんだと言われてます。

リバーズ・エッジ 愛蔵版

リバーズ・エッジ 愛蔵版

 
岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ

岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ

 

 

 

 

続いて、「萩尾望都原画展」へ。今年は何だか有楽町によく来る笑。

生で見る原画はやはり特別に美しい。萩尾望都さんは岡崎京子さんが影響を受けた作家のひとりなので、現代少女漫画のルーツをたどる旅ができたと勝手に満足。

そして!今回の展示は、グッズがとても素敵。ポーの一族プリントバッグ、クリアファイル、Tシャツ。私はTシャツを購入。 

 

萩尾さんを特集した雑誌や対談集も各種取りそろえられておりました。その中でメンツに一番惹かれたこちらを購入。

愛するあなた 恋するわたし: 萩尾望都 対談集 2000年代編

愛するあなた 恋するわたし: 萩尾望都 対談集 2000年代編

 

気になるページからざっと目を通しましたが、漫画家の 清水玲子さんとの対談がよい。テーマは「マンガ的美少年」

 

――美少年が美しいまま生き残るにはどうしたらいいんでしょう。

 

萩尾「美少年のくせに幸せになろうなんて甘い(笑)」

 

――抽象的なんですが、先生方にとって美少年とはなんでしょう。

萩尾「トラウマは外せない(笑)」

 このあと 清水先生の「やっぱり顔を売りにしていないこと。精神あってこそ。何か目指すものがあって、顔もきれいだったらなおよし。」という発言も興味深いのですが、萩尾先生のこの一言のインパクト!!

稲垣足穂的美少年観とも似てる…ていうか、影響を受けてるのかな。

美少年の美とは、(美的美女の場合と同様に)不幸に運命づけられた者のみに賦与された特権とでも云いたい或物である

                    稲垣足穂少年愛の美学

 

ここ一年ほど、誰かが美少年について語っているのを読むと、論者の古今東西関わらず、反射的に佐藤勝利くんが思い浮かぶ病気にかかっているのですが、萩尾先生には是非ジャニー喜多川氏と「美少年」対談していただきたい。絶対に話が合う。

対談集が多いのをみると萩尾先生は対談に積極的なのかな、と思いますので、ぜひお願いします。

 

ということで、萩尾望都原画展は有楽町すぐのスパンアートギャラリーで明日3/15(日)まで開催です。ぜひ。

銀の船と青い海 (河出文庫)

銀の船と青い海 (河出文庫)

 

 

2015現場観劇記録

世界の片隅でひっそりとやっている、しかもこのような残念長文ブログを見てくださっている方がいることに震えています。いんたーねっとすげえ!仕事でばたばたして悔しい限りですが、ジャニワ先輩の記事少しずつ書いています。

 

自分の備忘録用として現場記録を。随時更新していきますので、もし趣味合う!という方がいらっしゃれば、Twitterなどで話しかけてくださるととても喜びます。

 

 

1/4「石川五右衛門」 @新橋演舞場

1/5~8・11「春高バレー2015」@東京体育館

1/21 「新春2015ジャニーズワールド」@帝国劇場

2/13 六本木歌舞伎「地球投五郎宇宙荒事」@EXシアター

2/15 柿食う客 女体シェイクスピア007「完熟リチャード三世」@吉祥寺シアター

3/4 「EndlessSHOCK」@帝国劇場

3/26 「SexyPowerTour」@横浜アリーナ

3/27 「MISS SAIGON」@PRINCE EDWARD THEATRE

3/30 「Wicked」@Apollo Victoria Theatre 

4/19 「禁断の裸体」@シアターコクーン

4/26  平成中村座陽春大歌舞伎 夜の部 

5/21 ままごと「わが星」@三鷹星ホール

5/28  「SexyPowerTour」@名古屋・日本ガイシスポーツプラザ

7/2 水素74%「わたし~抱きしめてあげたい~」@三鷹星ホール

7/12 マームとジプシー「cocoon」@東京芸術劇場

7/31 ガムシャラサマーステーション@六本木EXシアター

8/4  菊池風磨ソロコンサート「風 is a Doll?」@TDCホール

8/6 橘菊太郎劇団特別狂言「鶴八鶴次郎」@浅草木馬館

8/9  中島健人ソロコンサート「Love Ken TV」@TDCホール

8/18 サマーパラダイス@TDCホール

9/4 ドリアングレイの肖像 @新国立劇場

9/11 少年たち@日生劇場

9/13 DREAM BOYS@帝国劇場

9/22 雪組「星逢一夜」@東京宝塚家劇場

10/17 星組「ガイズ&ドールズ」@東京宝塚劇場

10/23 A.B.C-Z座@日生劇場

12/3 モールス@グローブ座

12/4 ブルーシート@旧豊島区立第十小学校

12/8 書を捨て町へ出よう@東京芸術劇場

12/10 城山羊の会「水仙の花」三鷹星ホール

12/13  ジャニーズワールド

 

 

【今後の予定】

12/19 花組「新源氏物語

1/29 ハイバイ「夫婦」

3/8  野田MAP「逆鱗」 

 

【とても行きたい行けたらいいな】

新春浅草歌舞伎

鹿殺し

SHOCK

寝取られ宗介

蜷の綿 

 1798