実写版『心が叫びたがってるんだ。』感想

 

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実写版『心が叫びたがってるんだ。』今日7/22(土)の公開に先立って試写会で観させていただいたので、感想を書くよ。

原作のアニメ版にかなり忠実につくられた作品だと思うので、まあネタバレも何もないかもしれないですが、気にする方は注意してお読みください。もしくは観てからお読みくださったらうれしいな。予告編はこちら。

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高校三年生の坂上拓実(中島健人)は、突然「地域ふれあい交流会(略してふれ交)」の実行委員に任命されてしまう。一緒に任命されたのは、誰ともしゃべらない成瀬順(芳根京子)、拓実の元恋人で優等生の仁藤菜月(石井杏奈)、ケガで夢破れた野球部の元エース田崎大樹(寛一郎)だった…というところからはじまるお話。

 

 

順がなぜしゃべらないかというと、幼い頃に両親が離婚したのは、自分のおしゃべりのせいだと思っているからだ。しゃべろうとするとおなかが痛くなる。それは過去に大切な人を傷つけてしまった自分への「呪い」なんだと思っている。

映画の前半、始まってたぶん30分くらい経った頃は、そうか、これは順が王子様に出会って呪いを解いてもらう物語なんだって思ってた。

 

順が「ふれ交」の実行委員無理ですって伝えるために担任のしまっちょ(荒川良々)を探して音楽室を訪れるシーンが好きだ。

音楽室の中からかすかに聞こえる歌声。

おそるおそるのぞき込む順。

放課後のうすぼんやりした光の中で、『Around the World』のメロディにのせて「たまごに捧げよう BeautifulWord 言葉を捧げよう」とまるで順の頭の中の物語をなぞったような歌をアコーディオンで弾き語る拓実。

 

伏し目がちにアコーディオンを弾く端正な横顔に目を奪われてしまう。さっきまで、あんなにぼけーっと自転車こいでたのに。猫背でぼんやり歩いてたのに。わたしの心まで、順のときめきに共鳴してしまう。

 

中島健人くんは、普通の高校生坂上拓実の役作りとして「素敵に見えないように」「かっこよく見えないように」努力したと雑誌で話していたけれど、このシーンの説得力は中島健人の佇まいあってのものじゃないかと思う。おかげで順が「この人は私をわかってくれるたった一人の運命の王子様だ」と信じ込む瞬間が陳腐に思えず、観客は順の気持ちに寄り添える。

この作品はこういう、人の心が動いて少しずつ前に進む瞬間の積み重ねを丁寧に描いている。

 

 

 

 

結局「ふれ交」では、しまっちょに委員を任命された四人が中心になって順の考えた物語をミュージカルにすることになるのだけど、前半の「順が王子様に出会って救われる物語」が、途中からじわじわ反転していくのがすごくいい。

順の不気味なほどの世界に対するピュアさ、ピュアゆえの滑稽さ、滑稽さゆえの愛らしさには、周りを動かしていく力がある。芳根京子さんの演技がまた本当に人の心をつかむ。拓実や菜月や田崎やクラスメイトたちと一緒に、いつのまにか順を応援している。一緒に一歩踏み出したくなる。

 

担任から「お前、いつもそうやって自分の気持ち押し殺してるよな」って言われてしまう拓実は、予防線はって「別に俺なんて」って踏み出すことをためらいがちなタイプなんだと思うけれど、そういう拓実に順は「すごいすごい」「坂上君天才!」ってめちゃめちゃほめて、なんかやれるかもって思わせてくれる。順がおなか痛くなりながらそれでも伝えなきゃって必死な姿に、拓実は一歩踏み出す力をもらう。順を助けようとすることでむしろ拓実が救われていく。

 

拓実だけじゃない。菜月も田崎も、みんな順に動かされて一歩踏み出す勇気をもらっていく。

「ふれ交」当日、トラブルがあって急遽順の役を代役の子が演じることになるのだけれど、そのときにクラスメイトの衣装メイク係?の女子が言った言葉が印象的だった。

(本物でも代役でも)別にどっちでもいいよ。どっちでもわたしがやる仕事は変わんないんだし。

そして、こう続く。

どっちにしても絶対成功させないと。失敗したら一番しんどいの成瀬でしょ。

中心だったはずの順が不在にも関わらず誰も投げ出さないでミュージカルが滞りなく進んでいくことが、かえって順がクラスに与えた影響の大きさの証明になっていく。

 この「本物」か「偽物(代役)」かなんてどっちでもいい、という感覚は、この作品の中で一貫して響いているテーマでもあるかもしれない。玉子だって、「、」が余分な王子様の偽物だし。

 

順の書いた詞に合わせて『悲愴』と『Over the Rainbow』が混ざりあうように歌われるラストのミュージカルシーンは、二曲をマッシュアップしているので、順が想いを込めた歌詞はあまり聴き取れない。聴き取れないからこそ、「本当に伝えたいこと」の中身なんて、その瞬間ごとに変わるかもしれなくて、一つじゃなくたって、本物じゃなくたって、偽物だって、なんだっていいのかもしれないと素直に思わされる。

 

あの順の見た夢の中みたいなミュージカルで、順と拓実がお姫様と王子様になったのは一瞬だけだったけど、たしかに手をつなぎ、声が響き合い、それがクラスメイトに広がって、また新しい響きを生んでいった。「本当に伝えたいこと」の中身なんてきっとすぐ忘れちゃうけれど、彼らは、あの響きあった音色は、何かを伝えたいって歌った感触のことはずっと覚えているんだろうなって思う。

 

 一生忘れられない傷ついた言葉とか、うまくいかない親子関係とか、どんなに好きでも振り向いてもらいえない恋とか、「ふれ交」の後も『ここさけ』の世界は、相変わらずどうにもならないことだらけだ。 

けれど、心のどこかにみんなあの響きあった音色と屋上から見た真っ青な秩父の空の色を覚えていて、その美しい色を宝石みたいに大切にすることで、これから真っ黒な土砂降りや灰色の曇り空の日でも、明日を信じたり、自分を信じたり、他人を信じたりして、一歩前にすすむことができるのかもしれないと思う。

 

彼らが心の中に大切にしまった宝石の美しい色を取り出して見せてもらったような、そんな映画だった。